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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)757号 判決

原告

佐野康弘

右訴訟代理人弁護士

岩村滝夫

右訴訟復代理人弁護士

儀同保

被告

右代表者法務大臣

高橋等

右指定代理人検事

宇佐美初男

同法務事務官

南昇

主文

被告は、原告に対し金二八万一、一〇〇円及びこれに対する昭和三六年二月四日以降支払い済みに至るまで年五分の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

1、被告は、原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三六年二月四日以降支払い済みに至るまで年五分の金員を支払え。

2、訴訟費用は、被告の負担とする。

3、仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者間に争いのない事実

原告は、別紙物件目録記載(一)の土地及び(二)の建物を所有し、この土地及び建物を共同担保として、債権額金二〇万円、弁済期昭和三一年一二月五日、利息月一分五厘、遅延損害金日歩九銭八厘の約定による昭和三一年六月六日付金銭消費貸借につき同月七日付で債権者和田ナヲエのため抵当権を設定していたところ、同人の競売申立に基づく東京地方裁判所昭和三三年(ケ)第二号不動産競売事件において、昭和三四年四月二一日付競落許可決定があり、物件目録(一)の土地は、江口晴久により金四一万一、〇〇〇円で、同(二)の建物は、山尾義春、仁木孝により金七〇万一、〇〇〇円で、それぞれ競落された。しかし、競売価額より弁済さるべき債権額は、右和田ナヲエの債権の元利金及び遅延損害金の外、固定資産税金一万一、五九〇円があつたに過ぎず、これに競売手続費用金二万三、三五五円を加えた額は、物件目録(一)の競落代金を上廻るが物件目録(二)の競落代金七〇万一、〇〇〇円によつて十分これを弁済することのできる金額であつたから、任意競売に準用される民事訴訟法第六七五条の規定により、執行裁判所は物件目録(一)の土地については、競落許可決定をすることは許されないところであつた。ところが、執行裁判所は、物件目録(二)の建物については、和田ナヲエの抵当権のほかに、これに優先する東商事株式会社(以下東商事という。)の抵当権(昭和二八年二月一九日付抵当権設定契約による。同年六月一七日東京法務局新宿出張所受付第八八四三号、同年同月一一日付仮登記仮処分に基づく東京地方裁判所の嘱託により登記済み。)が存在すると考え、東商事の抵当債権を要配当債権に加えねばならないと考えたため、物件目録(二)の競落代金だけでは要配当債権の全額を満足するに足りないとの判断の下に、物件目録(一)の土地についても競落許可決定をし、この決定は確定し、競落代金が支払われたけれども、物件目録(二)の建物については、東商事のため仮登記処分に基づく抵当権設定仮登記が経由される前の昭和二八年四月一三日に池田金融株式会社が所有権移転請求権保全の仮登記を経由しており、同会社は昭和二九年一月二二日所有権取得の本登記を経由し、原告は、これを昭和三一年五月二日買い受け同日付で所有権移転登記を経由しているから、東商事の抵当権は原告に対抗し得ないものであり、従つて、これを要配当債権のうちに加えるべきでなかつたのに、執行裁判所は、登記簿の記載を十分調査しなかつたため、東商事の債権をもつて、原告に対抗し得るものと誤認した結果、物件目録(一)の土地についても競落を許可したものである。このため、原告は、本来、競落を免れたはずの物件目録(一)の土地についても、執行裁判所の担当裁判官の右述のような誤認のため競落が行なわれ、その所有権を喪失する結果となつた。なお、執行裁判所は、(一)の土地についての競落代金の支払があつた後東商事の抵当権が原告に対抗し得ないものであることを発見し、競落代金四一万一、〇〇〇円を原告に還付した。以上の事実は、当事者間に争いのないところである。

第三、争点に関する当事者双方の主張

1、要配当債権に加うべきかどうか及びその額を確定することは執行裁判所の職権調査事項であるから、執行裁判所の担当裁判官が登記簿の記載を十分調査することなく、この点の認定を誤つたことは、執行裁判所の過失にほかならない。従つて、原告は、被告国の公務員である担当裁判官の過失に基づく公権力の行使により、物件目録(一)の土地につき違法に競売を実施され、その所有権を喪失させられたものであるから、被告は、これにより生じた損害を原告に賠償しなければならない。

2  物件目録(一)の土地の価額は、競落許可決定当時更地価額で一坪当たり金一二万円、賃借権または法定地上権が設定されている場合は、一坪当り金六万円で、現在の価額は、それぞれ金三〇万円以上、金一五万円以上である。

右土地のうち一二坪については、その地上に佐野千春名義の建物が存在し、この建物は、物件目録(二)の建物とは別個のもので、後者の建物につき和田ナヲエのために設定された抵当権の効力は前者の建物にまで及ぶわけではないから、右抵当権の実行により生ずる法定地上権は、物件目録(二)の建物の敷地の部分のみに及び、佐野千春名義の建物の敷地に当たる一二坪については、法定地上権は生じない。従つて、右一二坪部分の価額は法定地上権の負担がないものとして、競落当時で金一四〇万円を超え、現在は金三六〇万円以上となる。その余の法定地上権の及ぶ部分についてはその価額は、競落当時で金九〇万円を超え、現在は、金二二〇万円以上となるから、原告が物件目録(一)の土地を競売に付されることなく任意に売却したとすれば、競落許可決定当時で金二三〇万円以上、現在では金五八〇万円以上で売却できるはずである。そして、右土地が副都心計画区域内に存し、将来地価の値上りが予想されることは、右競落許可決定当時担当裁判官にも当然予見しえたはずであるから、原告は、右値上り分についても、得べかりし利益の喪失として、その賠償を請求し得るものであり、原告の損害は、前記土地価額より原告に還付された競売価額金四一万一、〇〇〇円を差し引いた金五三八万九、〇〇〇円以上である。

仮りに、物件目録(二)の建物のための法定地上権が同目録(一)の土地全部に及ぶとしても、右土地の取引価額は、競落許可決定当時金一六二万円以上であり、現在では金四〇七万円以上となるから原告の損害額は、金三六五万円を下らない。

3、被告は、佐野千春名義の建物は物件目録(二)の建物と附加して一体を成したものであるから、右建物の敷地にも法定地上権が及ぶと主張するが、佐野千春名義の建物は、物件目録の建物につき抵当権を設定する以前から存在した独立の建物を取り毀して再築したもので、たまたまその際抵当権者の同意を得て抵当建物に接続させたに過ぎず、各建物はそれぞれ別個の用途に供され、出入口等も異にし、登記も各別に行なわれており、佐野千春名義の建物を対象に抵当権が別に設定され、また大蔵省でも、これを独立の建物として差し押え、東京地方裁判所執行吏もこれを独立の建物として取り扱つているのであつて、右建物が物件目録(二)の建物と一体をなし、その抵当権が及ぶことはあり得ず、被告の主張は失当である。

4、被告は、佐野千春名義の建物が物件目録(二)の建物と合体したものでないとすれば、本件競売は、両建物を一体として行なわれており、競売価格もこれによつて定められているのであるから、両者が別個であれば、物件目録(二)の建物の競売価額は大巾に下廻り要配当債権を償い得ず、物件目録(一)の土地をも競売に付したことによる原告の損害は結局発生しなかつたことになると主張する。

しかし、仮りに佐野千春名義の建物を除いて物件目録(二)の建物を新らたに競売した場合を想定すれば、競売価額のいかんにかかわらず、右競売手続が原告の弁済又は債権者との和解などによつて終了することもあり得るわけであるから、被告主張のような観念的な可能性を想定して原告の損害額を論ずることは許されない。のみならず、仮りに、あらためて競売が行われる可能性を考慮にいれて損害額を算定すべきものとしても、物件目録(二)の建物の総床面積は一九坪五合(一階一五坪五合、二階四坪)であるのに対し、佐野千春名義の建物のそれは一三坪五合(一階六坪七合五勺二階六坪七合五勺)であり、しかも物件目録(二)の建物は、表側道路に面し店舗として使用されており、その価値が佐藤千春名義の建物部分よりはるかに大きいことから考えれば、右建物のみを競売しても、被告主張のように、ただちにその競落価額が要配当債権を下廻ることとなるとはいえない。

5、被告は、原告が競売期日等に出頭して、物件目録(二)の建物の売得金のみによつて要配当債権を償い得ることを申し立てれば、物件目録(一)の土地の競売を免れ得たのであるから、この点に原告の過失があるとして、過失相殺を主張するが、要配当債権の額の確定は、前述のように裁判所の職権調査事項であるから、これについて原告が申立てをしなかつたからといつて、原告の過失となるものではなく、また任意競売手続に準用される民事訴訟法第六七五条の存在を原告が知らなかつたとしても、法律家でない原告にとつては無理からぬところで、そこまで原告に注意義務を求めることはできず、原告には過失はないというべきである。

6、原告は、前記損害のうち、本訴において金一〇〇万円及びこれに対する前記競落許可決定確定後昭和三六年二月四日以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを、国家賠償法第一条により、被告に求める。

二、被告の主張

1、原告は、適法な競売の実施により物件目録(一)の土地所有権を喪失し損害を受けたと主張するが、物件目録(二)の建物の競売は免れなかつたのであり、後述のようにこの建物についての抵当権の効力は、これに附加して一体をなした佐野千春名義の建物にも及んでいたから、結局、右土地の全部にわたり右建物のため法定地上権が発生し、その結果、右土地の価額は、更地価額に比し著るしく低下すべきことは当然であるところ、右土地は、金四一万一、〇〇〇円で競落されており、この価額は、競売申立書添付の固定資産税評価額金一五万八、八八〇円の約三倍であるから、決して低い価額とはいえず、法定地上権の制約を受ける右土地の時価を下るものではなく、原告は、右競落価額の還付を受けているものであるから、原告に損害はないといわねばならない。

2、原告は、佐野千春名義の建物は、物件目録(二)の建物とは別個独立のものであるから、その敷地一二坪については法定地上権は及ばないと主張する。しかし、佐野千春名義の建物なるものは、原告が昭和三二年一〇月一五日物件目録(二)の建物を増築した部分をいい、右増築部分は一階、二階ともに右抵当建物と一体をなしていて、だれが見ても増築部分のみでは、別個の所有権の客体としての独立性を認めることはできず、抵当建物に附加して一体をなしているものであるから、民法第三七〇条により、この増築部分にも抵当権の効力が及び、従つてその敷地一二坪についても法定地上権は及ぶものといわねばならない。右増築が、従前同所に建ててあつた未登記建物を取り毀して再築したものであつたとしても、取毀し前の建物は、物件目録(二)の建物につき和田ナヲエのため抵当権を設定した昭和三一年六月七月当時抵当建物と接合して一体をなしており、従つてこれにも右抵当権の効力が及んでいたものであるから、これを取り毀して前と同様の建物を増築したのに対し、抵当権の効力が及ぶのは当然である。

もつとも、右増築部分については、原告が昭和三二年二月一五日別個の保存登記をしたため、登記簿上は増築部分が独立の建物のような形式になつているが、これは本来独立性のない建物の一部につき、その増築部分に関して登記手続が未了であつたことを奇貨として登記したにすぎず、これによつて右増築部分が独立の建物となるものではない。

3、仮に、右増築部分が独立の建物に当たるとしても、原告は右建物を佐野千春に贈与しているから、これに伴ない右建物敷地一二坪につき同人のため借地権を設定しているものと解すべく、従つて右一二坪の土地の所有権価額は借地権の価額を控除したものでなければならないから更地価額を大巾に下廻り前記競売価額をもつて相当とすべきであつて、原告に損害はない。

4、また、仮りに前記増築部分が物件目録(二)の建物に附加して一体をなしていないとすれば、問題の競売は、これ部一体として行なわれ、右増築部分をも含めて金七〇万一、〇〇〇円で競売されているのであるから、競売価額は相当下つたはずで、いまこれを両建物の床面積に比例して、物件目録(二)の建物のみの場合の競売価額を算出すると、右建物の床面積が一九坪五合、増築部分が一三坪五合であるから、次の算式により、金四一万四、二二七円となる。

しかるに要配当債権の額は、金四九万三〇一円(債権元本金二〇万円、昭和三一年一二月五日までの利息金一万八、〇〇〇円、昭和三一年一二月六日より同三五年三月三〇日までの損害金一万七、三五六円、固定資産税金一万、一五九〇円、競売手続費用金二万三、三五五円)であるから、物件目録(二)の建物の売得金のみでこれを償うことができず物件目録(一)の土地をも競売すべきこととなり、右土地の競売はどのみち免れない運命であつたから、右土地を競売したことによる損害が原告に生ずる理由はなくなる。

5、執行裁判所担当裁判官が物件目録(一)の土地についても競落許可決定をしたのは、東商事の抵当権仮登記が原告に対抗し得るものと誤認し、物件目録(二)の建物の売得金のみでは要配当債務を償い得ないと考え違いしたことによるものであることは原告主張のとおりであるが、右競売については、原告に対し競売期日が通知され、競売、競落期日の公告もなされているのであるから、原告が右期日に出頭して東商事の抵当権仮登記が対抗し得ないことを申し立てれば、右裁判官の過失を防止し得たのに、原告はこれを怠り、また競落許可決定に対して、これを主張して即時抗告をすれば、是正の機会を得ることができたのに、原告は、即時抗告をしながら、抗告理由書を提出しなかつたため、東京高等裁判所において昭和三四年九月二九日抗告棄却の決定を受け、次いで最高裁判所においても同年一一月二七日抗告却下の決定を受けて確定するに至つたもので、原告が東商事の抵当権が原告に対抗できないことを初めて主張したのは、右即時抗告が確定した後の残代金交付の時で、この時期に至つては、もはや競落許可決定の効力を左右することはできなかつたのである。このように、原告は、損害の発生、防止につき重大な過失があるから、仮りに原告に損害があるとすれば、その算定につき右過失をしんしやくすべきである。

第四、証拠関係≪省略≫

理由

当事者間に争いのない事実関係と要配当債権に加えるべきかどうか及びその額を確定することは執行裁判所の職権調査事項であることから考えれば、担当裁判官の過失に基づく違法な競落許可決定(公権力の行使に当たる。)により、原告が物件目録(一)記載の土地の所有権を喪失することとなつたことは否定しえないところである。

そこで、これにより原告が損害を受けたかどうかが問題であるが原告は、右土地上に佐野千春名義の独立建物が存在し、物件目録(二)の建物についての和田ナヲエの抵当権の効力は千春名義の建物には及ばないから、この建物の敷地一二坪については法定地上権は成立しないと主張し、これを前提として損害額を計算しているのに対し、被告は右建物は物件目録(二)の建物の増築部分に過ぎず、これと附加して一体をなすものであるから、増築部分にも抵当権の効力は及び、その敷地一二坪についても法定地上権が成立すると争い、これを理由に損害の発生を否定しているので、佐野千春名義の建物が物件目録(二)の建物に附加して一体をなすものであるかどうか、従つて、法定地上権が物件目録(一)の土地の全部に及ぶかどうかが損害の発生の有無及びその額の決定に重要な意義をもつこととなるので、まず、この点につき判断する。

<証拠―省略>によれば、次のような事実が認められ、<中略>他に右認定を覆すに足る証拠はない原告の父佐野弘次は、物件目録(二)の建物の従前の建物約八坪の建物を買い受け、昭和二一、二年頃一部増築した後、さらに昭和三〇年一〇月頃再度増築して、登記簿表示のとおり一階一五坪五合、二階四坪の建物としたが、その間右建物が代物弁済により池田金融株式会社に譲渡されたため、昭和三一年五月二日これを原告名義で買い戻し、同年六月七日右建物につき債権者和田ナヲエのため抵当権を設定した。他方、佐野弘次は、右建物の裏側(西側)に、右建物と別個独立の建物を従来より所有し、これに同人の使用人を居住させていたが、昭和三二年二月頃、従来弘次らが居住していた物件目録(二)の建物階下を全部第三者に賃貸することとなつたため、同人等の居住用に当てるため、右裏側建物を取り毀して、二階建の建物を建築することとしたが、その際抵当権者和田ナヲエの了解を得て新築建物を抵当物件である物件目録(二)の建物に接着して建築するとともに、新築建物に接着する抵当権建物の階下約一坪を新築建物の押入及び流し台として使用するよう改造し、抵当建物の二階と新築建物の二階を同一廊下で接続し、かつ抵当建物の二階の四分の一坪を新築建物の押入に利用できるようにした。新築建物一階六坪七合五勺、二階六坪七合五勺については、昭和三三年二月三日原告名義で建物保存登記をした上、同日付で弘次の子佐野千春名義に贈与を原因とする所有権移転登記手続を経由し、昭和三三年二月二二日債権者宮本弥一郎のため抵当権を設定した。物件目録(二)の建物と右佐野千春名義の建物は、家屋台帳上もそれぞれ各別に登録され、固定資産税の評価も各別に行なわれている。本件競売手続当時の各建物の使用状況は、物件目録(二)の建物のうち階下は、佐野千春名義の建物のため押入及び流し台として使用されている部分を除き、小笠原隆重に賃貸され、同人はそこでクリーニング業を営業し、佐野千春名義の建物のうち階下は、原告らが居住し、物件目録(二)の建物の二階一室及び佐野千春名義の建物二階三室は、各別に数人に住居として賃貸されていた。なお、佐野千春名義の建物は、昭和三五年五月一二日銀座殖産有限会社に譲渡された。

以上の事実によれば、佐野千春名義の建物のため、物件目録(二)の建物の一部を使用し、また両建物を廊下で接続したため両建物の境が一見して明白でない状況となつていることは否定しえないところではあるが、佐野千春名義の建物は、もと、物件目録(二)の建物とは別個に存在した建物のあとに、その代りとして建てられたもので、佐野千春名義の建物のため使用に供されていた物件目録(二)の建物部分は、前述のとおり、千春名義の建物のため押入、流し台等に改造し極めて小部分であつて、両建物はその大部分は各別に利用されていたものであり、両建物の境界に板や壁を設置することによつて、その境を明白にすることはさして困難とは認められず、しかも両建物は公簿上それぞれ別個独立のものとして取り扱われており、佐野千春名義の建物は独立して売買、抵当権の設定などの取引の対象となつていること、両建物の床面積は、物件目録(二)の建物が一九坪五合であるのに対し、佐野千春名義の建物は一三坪五合であることなどを総合勘案すれば、佐野千春名義の建物は、物件目録(二)の建物とは別個独立の建物と認むべきであつて、これに附加して一体をなしたものということはできず、従つて、物件目録(二)の建物についての抵当権の効力は、佐野千春名義の建物には及ばず、前者の競売により、後者の建物の変動を受けるものではないから、その敷地一二坪について法定地上権が成立するいわれはないといわねばならない。

被告は、仮りに佐野千春名義の建物に物件目録(二)の建物についての抵当権の効力が及ばないとすれば、本件競売は、これが及ぶものとして行なわれているから、物件目録(二)の建物の競売価額は低下し、売得金によつて要配当権を償なうことができないこととなつて、原告が違法と主張する物件目録(一)の土地を競売せざるを得ない結果となるから、結局原告に右土地競売による損害はなかつたことになると主張する。成立に争いのない乙第三号証によれば、問題の競売において、佐野千春名義の建物にも抵当権の効力が及ぶものとして物件目録(二)の建物が評価され、最低競売価額が定められたことは明らかであるが、佐野千春名義の建物に抵当権の効力が及ばないものとして定められた最低競売価額による競売手続なる手続を想定すれば、右手続が原告の弁済、債権者との和解によつて終了することも考えられるのみならず、この手続において仮りに競落が行なわれたとしても、その競落代金の額が要配当債権の額を下廻るとは直ちに断定し得るものではなく、これを上廻る可能性も否定し得ないところである。そればかりでなく、抵当権の効力の及ばない建物につきその効力が及ぶものとして競落が行なわれた場合においても、すでに競落決定が確定し、競買人から競落代金の支払があつた以上、執行裁判所としては、もはや、競売手続を再施することは許されないところであり(競落人は抵当権の効力の及ばない建物につき所有権を取得することができず損失を被ることとなるが、これに対する救済は民法第五六八条によつて行なわれることとなる。)、右競落代金が要配当債権の額を上廻るものである以上、執行裁判所が不必要な抵当物件の競落を許してはならないことはすでに確定しているものというべきであるから、被告主張のように、競売手続再施の可能性があることを前提として、その主張のような理由に基づき原告に損害がなかつたとすることはできないものというべきである。

また、被告は、佐野千春名義の建物の敷地一二坪に法定地上権が成立しないとしても、原告は同人のため賃借権を設定しているはずであるから、右建物敷地は、借地権により大巾の制約を受けていると主張する。しかし、証人佐野弘次の証言によれば、原告と佐野千春はともに佐野弘次の子であり、原告名義の建物を千春に贈与名義で所有権移転登記手続をしたのは、金策の便に出でたもので、右建物は事実上原告(実質的にはその父弘次)において自由に処分し得るもので、特に千春のため賃借権が設定されているものではないと認められ、右認定に反する証拠はないから、佐野千春名義の建物敷地につき、賃借権による強い制約があるものということはできない。

そこで、以上の事実に基づき、原告の損害額算定のため、本件競落許可決定がなされた昭和三四年四月当時の物件目録(一)の土地の価額を判断することとするが、物件目録(二)の建物が競売されると、その敷地については法定地上権が成立し、佐野千春名義の建物敷地とは別個の利用状況が成立することとなり、しかも、前者は店舗敷地として使用されているのに対し、後者は住居敷地として使用されているのであるから、両者を格別に検討するのが相当である。

鑑定人那須艇次の鑑の結果(書面及び口頭によるもの。)によれば、物件目録(二)の建物の敷地の更地価額は、昭和三八年四月当時一坪当たり金三一万五〇〇円で、昭和三四年四月当時は、その三二パーセントの金九万九、三六〇円であるところ、右地上に店舗が存在し、法定地上権が成立している場合には、右土地の時価は、更地価額に九五パーセントを乗じた額(建物が存在すること自体に基づく制約によつてその敷地の被る減価率パーセントを更地価額から控除したもの。)の二〇パーセントに当たる額(法定地上権による制約に基づく減価額を控除したもの。)、すなわち一坪当たり金一万八、九〇〇円(一〇〇円未満は、四捨五入を相当とする。以下同じ。)であり、従つて右建物敷地一五坪一合六勺の昭和三四年四月当時の時価は、金二八万六、五〇〇円と認めるのが相当である。他方、佐野千春名義の建物の敷地の更地価額は、同鑑定人の鑑定によれば、昭和三八年四月当時一坪当たり金一六万円で、昭和三四年四月当時は、その三二パーセントの金五万一、二〇〇円であるところから、右地上に建物が存在し、右建物のため借地権の設定はなされていないが、地上建物につき前認定のように第三者が借家権を有する場合には、右土地の時価は、更地価額の六六パーセント、すなわち一坪当たり金三三、八〇〇円であり、従つて右敷地一二坪の昭和三四年四月当時の時価は、金四〇万五、六〇〇円と認めるのが相当である。

以上によれば、昭和三四年四月当時の物件目録(一)の土地の価額は、右金二八万六、五〇〇円と金四〇万五、六〇〇円の合計金六九万二、一〇〇円と認められ、右認定に反する甲第三号証、乙第三号証の記載及び証人鈴木留吉、同佐野弘次、同郡富次郎の各証言はいずれも採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

これに基づき、原告の損害を算定すると、物件目録(一)の土地が金四一万一、〇〇〇円で競売されたこと及び右競売価額が原告に還付されたことは当事者間に争いのないところであるから、原告の損害は、物件目録(一)の土地の競落許可決定当時の価額金六九万二、一〇〇円より右競売価額金四一万一、〇〇〇円を差し引いた金二八万一、一〇〇円と認められる。

原告は、物件目録(一)の土地は、その後著るしく値上がりしており、右事実は競落許可決定をした裁判官の了知していたところであるから、右値上り分を得べかりし利益の喪失による損害として請求すると主張する。鑑定人那須艇次の鑑定の結果によれば、右土地は競落許可決定後著るしく値上がりしていることは明らかであり、弁論の全趣旨によれば、ある程度の値上りは右裁判官に予想し得ないものではなかつたと認めることはできるが、他面原告については、次に述べるような意味において、損害の発生、防止につき過失が認められるから、得べかりし利益の喪失による損害については、これを賠償額に算入しないことが相当と認められる。すなわち、いずれも成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の、一、二、乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一、二及び証人佐野弘次の証言(前記措信ないし部分を除く。)によれば、執行裁判所担当裁判官が物件目録(二)の建物とともに同目録(一)の土地についても競落許可決定をしたのは、登記簿に記載された東商事の抵当権が一番抵当として原告に対抗し得るものと誤認したことによるのであるが、原告は、東商事の右登記が原告に対抗できない事情について競落許可決定までなんらの申立てをせず、さらに、原告は競落許可決定に対して即時抗告をしながら、抗告理由書を提出しなかつたため、抗弁棄却の決定を受けて、競落許可決定の確定をみるに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、要配当債権に加うべきかどうか及びその額を確定することは、なるほど、執行裁判所の職権調査事項ではあるが、裁判所の職権調査活動には実際上おのずから限度があり、債務者(抵当権設定者)その他の利害関係人の適当な協力なくしては、これを適切に行なうことは困難であり、法が利害関係人に競売期日を通知すべきものと定め、競売、競落期日を公告すべきものとし(競売法第二七条)、競落許否の決定に対し利害関係人に執行停止の効力を伴なう即時抗告を許している(競売法第三二条、民事訴訟法第六八〇条)のは、関係当事者として事実を一番よく知り違法の是正につき最も熱心であるべきはずの利害関係人に競売手続に参加させて違法な競売を阻止し、また違法を看過してなされた手続を不服申立によつて是正することを期待したものというべきであり、その限りにおいて、法は、裁判所の職権活動が適切に行なわれるよう利害関係人に誠実な協力を行なうべきことを要請しているものと解すべきであるから、利害関係人の申立によつて容易に是正することが期待できるような違法事由につき、その是正のため利害関係人が誠実な協力を怠つた場合には、利害関係人にもまた過失の責は免れ難いものといわねばならない。ところが前認定の事実関係によれば原告が東商事の抵当権が原告に対抗し得ない事情を物件目録(一)の土地についての競落競可決定確定までに申し立てる十分の機会があり、この申立をしさえすれば、右土地についての競落を容易に阻止することができたと認められるにかかわらず、原告は、まつたく、この申立をしなかつたであるから、損害の発生、防止につき原告の側にも過失があつたものといわねばならない。もつとも、前掲佐野証人の証言によれば、原告は法律家でなく、競落阻止の手続を正規に弁護士に委任した事実もなかつたと認められるのであるが、たとえ原告が法律家でなくとも、東商事の抵当権が原告に対抗できないものであることの判断の基磯となる事実そのものは原告自身がもつとよく知るところであり、この事実を申し立てることによつて、容易に競売を阻止することはできたはずであり、ことに、原告が競落許可決定に対し即時抗告をしながら、右の事実関係についてすらなんらの申立をしなかつたのは競売手続の利害関係人として誠実な協力義務を尽したものとはいえないから、原告が法律家でなかつたということによつて過失の責めを免れることはできないものというべきである。

以上の次第で、原告は金二八万一、一〇〇円の損害賠償を請求し得べきところ、右損害は、公権力の行使に当たる被告国の公務員の違法な職務行為によるものであるから、原告の本訴請求は、金二八万一、一〇〇円の損害賠償及びこれに対する競落許可決定確定後の昭和三六年二月四日(この日が競落許可認定確定後であることは被告の明らかに争わないところと認められる。)以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の遅延損害金を請求する限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言は適当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官白石健三 裁判官浜秀和 町田顕)

物件目録<省略>

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